ルンタへの旅 15

2
チベットにサッカーのナショナルチームがあるのをご存じだろうか。チームのイレブンは、インドに暮らす約13万の亡命チベット人の代表選手。その代表チームが2001年にデンマークで初の国際試合を行うのだが、これが波乱に次ぐ波乱の連続で、涙なくしては語れないドラマなのだ。相手はデンマーク領のグリーンランド自治州。なんかもうこう書くだけで波乱の様子が伝わるような気がするが、試合が成立するまでの過程をデンマークのTVプロダクションが追いかけており、日本でも「チベットサッカー 悲願の海外遠征」と題して2004年にNHKBS世界のドキュメンタリー」で放送した。日本語版を制作したのは僕である。
番組は、初の国際試合を思い立ったチベットサッカー協会の会長が、試合に向けて奮闘努力する姿を中心に進行する。選考会を経てインド各地から集められた代表選手たちはダラムサラで1ヶ月に渡って合宿を行い、デンマークから招集されたコーチに鍛えられる。だがそのレベルは低く、デンマーク人コーチが「マイナーリーグの水準にも達していない。デンマークで恥をかかなければいいが」と本音を吐く始末。おまけに練習場は正式なサッカー場の半分の広さしかなく、練習中に放牧された牛が横切るような有り様。しかも雨の多いダラムサラとあって、グラウンドはいつも水浸しだ。
しかしチームが抱える本当の問題は、むしろピッチの外にあった。難民である彼らはパスポートを持たず、国籍もない。会長がデリーのデンマーク大使館にビザの申請に訪れるが、提出した書類に不備が見つかる。(身分証にインドへの再入国を許可するスタンプが捺されていない等)。結局、当初選ばれた選手の半数ほどが渡航許可を得られなかった。そのひとりの正ゴールキーパーは、「僕はチベットで最高の選手なのに、デンマークには行けない」と泣きながら合宿所を去っていく。この緊急事態に、会長はヨーロッパ在住のチベット人選手をかき集めて乗り切ろうとする。
苦労の甲斐あって初の海外遠征は実現し、代表チームの選手たちはデンマークのピッチに立ち「人生最高の幸せ」と歓びをあらわにする。しかし、またしても試練が訪れる。次に彼らの前に立ちはだかったのは、在デンマーク中国大使館だった。「チベットは中国の一部だから、今回のチームはナショナルチームではなく、国際試合とも呼べない」と強硬に主張し、あらゆる手を尽くして試合の阻止に動きだすのだ。(つづく)


 

関連する記事
コメント
コメントする








   

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM