ルンタへの旅 16

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中国政府の妨害工作は執拗だった。グリーンランド政府に対しては「試合が実現したら、中国製品の輸入に重大な影響がでるだろう」と脅しをかけ、スタジアムの管理団体にも中止を要請する。チベット国旗の掲揚は絶対に認めないと。だが、管理団体の評議委員会は、協議を重ねた末、予定通り試合を行うことを決定する。「これは政治ではなく、スポーツなのだ。公式の試合かどうかなんて関係ない。チベットとグリーンランドがやるのだから国際試合なのだ」と。

かくして試合当日を迎え、チベットチームのロッカールームに互いの健闘と世界の平和を願うチベット仏教の声明(しょうみょう)が響きわたる。代表チームのユニホームは赤と青の縦じま。チベット国旗の配色だ。選手たちがピッチに飛び出すと、スタンドはチベット国旗とグリーンランド国旗を打ち振る人々で埋め尽くされていた。きっとヨーロッパ中に散らばる亡命チベット人たちが、この日のために集まってきたに違いない。

試合が始まる。チベット代表の先制シュートが決まり、ナショナルチーム初の得点に沸く選手とコーチたち。スタンドも熱狂に包まれる。前半は11で終了。ハーフタイム、試合の実現に奔走したチベットサッカー協会の会長が檄を飛ばす。「平常心を忘れるな」と。

しかし、後半は地力に勝るグリーンランドが立てつづけに得点を挙げ、チベット代表はじりじりと追い込まれていく。追い打ちをかけるようにキャプテンが足を負傷し戦列を離れる。最後のシュートもわずかにゴールの枠を外れた。14。健闘むなしくチベット代表は敗れた。

だが、選手たちは晴れ晴れとした表情で観衆に手を振る。感極まった会長が涙を浮かべながらインタビューに答える。「ここに来ることができて本当に幸せだ」と。そして最後を締めくくるように、こう続けた。「これは単なるスポーツの試合ではない。我々は自由を得るために闘ったのだ」と。渡航前に彼が選手たちに繰り返し言った言葉がよみがえる。「試合だけでなく、振る舞いを通じて、チベットに長い歴史を持つ豊かな文化があることを示すのだ」。

スポーツに政治の話を持ち込むなというのは、ここでは意味を持たないと思う。難民であるチベット代表は、その存在自体が政治と切り離せないからだ。だが、2001年のこの日、コペンハーゲンで戦った代表チームのイレブンは、政治では決して得ることができない、宝物を手にしたに違いない。いま、生きているという実感をともなって。

 


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