ルンタへの旅 5

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    1989年はまさに世界が激動する年だった。6月には中国で天安門事件が発生し、民主化を求める人々のうねりは東欧に伝播した。そして11月、ついにベルリンの壁が崩壊する。だが、昭和天皇が崩御したこの年の初め、チベットでは先代のパンチェン・ラマ10世が不審な死を遂げ、さらに3月、ラサの僧侶たちが抗議行動を行い、これに対して中国当局が厳しい弾圧を加え、その後の1年間、チベット自治区に戒厳令が布かれたのを知る人は少ない。
    チベットの番組企画で悪戦苦闘する僕にとっては、皮肉なことに天安門事件が追い風となった。学生や市民に人民解放軍が発砲し多くの犠牲者が出たことに対して、日本のメディアにも中国がどうなっているのか真実を報道する機運が生じたのだ。さらに12月、この年のノーベル平和賞が非暴力を提唱するダライ・ラマ14世に贈られることになり、僕の企画はTBS「報道特集」のプロデューサーの目に留まることになる。実はインドに旅に出る前、僕はTBSの夕方のニュース番組にADとして派遣されていたのだが、そのときの先輩ディレクターが「報道特集」に異動していた...ことも幸いだった。「よし、やろう」と腹を決めてくれたのだ。
    かくして、チベットの今を伝える報道番組が動き出す。だが、ここからが大変だった。ダライ・ラマや亡命チベット人を取材するにはインド政府の取材許可が必要だが、それがなかなか下りなかったのだ。(つづく)

    (写真は1989年インド・ダラムサラのナムギャル寺で問答を行う修行僧たち)


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